24 Jun 2011

スロヴェニア編ー小さな国の密度

スロヴェニアという、ほとんどの人にとっては「名前聞いたことあったような…」という感じのマイナー(こういっちゃ失礼だが)な国を訪れてみた。

というのもかつてのロンドンでの同僚がスロヴェニアに渡って寿司を握っているから!人生色々あるよね、とうなずきつつも、この機会を逃したら絶対きっと一生訪れること無いかも…と思ったこの国に私は惚れました。

静岡県サイズ、人口200万人、建国30周年、在留邦人20人ちょい、というミニ新国家は、小さいなりの密度の濃さでおもしろさ満載。首都リュブリャーナの中心広場から3分歩くと「村」があり畑が広がるという、のどかさ。元ソ連の灰色の公団満載かと思いきや、そこまで社会主義の面影は濃くなく、明るく開けていました。そして夜中歩いていてものどか、平和!至って平和!
ヴェネチアから電車で4時間半。アドリア海に出れば国が小さいので、海岸線沿いに右手にイタリア、オーストリアのアルプス、左手にクロアチアが広がる…という素敵な所。北にバスで1時間半出れば本場アルプスの最南端ジュリアンアルプス。

そんな国での体験は
アメリカ大使館邸で歌を歌ってお昼
イエズス会士とスロヴェニアの建築の歴史巡り
ハンター‘s dish (猟師の食事盛り合わせ、あらゆる山の肉…)
世界一大きい地下渓谷が広がる鍾乳洞探検
アドリア海の夕日
首都散歩(だいたい2時間あれば終わるのである)
岩壁にスニーカーでちょっとしがみつく
夕飯作り
ジュリアンアルプスでジョギング
寿司ランチ
ケーキ盛りだくさん

でした。友達がロンドンにいた時から見違えてのびのびしていたので安心して、自分も元気をもらって帰ってきました。

(そしてその5日後には恐怖のアメリカ出張が待ち受けていたのであった…)
明日からちょっと湖水地方に行ってきます。こうやってまだ書いていない旅行記がどんどんどんどんたまっていくんだわ…。









21 Jun 2011

派手さの空しさ

旅の記憶にまた戻ってーベネチア編、派手さの空しさー。


ベネチアに行く朝もメトロが事故かなにかで運転見合わせになり、焦りながらセントラーレから飛び乗った電車も、もちろん定時に出発する訳なんか無く。なんだか2日前とのほとんどデジャブ状態で出発。
 道中目の前に座っていた老婦人は、あーイタリアのお金持ちを絵に描いたようなエレガントな英語の上手な女性でした。邦題はわからないけど、ティルダスウィントン主演の「I am Love」に出てきそうな金持ち女性。ところでこの映画はとてもきれいな映画です。要するにどうってこと無い不倫ものなんだけど。

ベネチアではベネチアにかつて住んでいた大学時代の友達と共に一日を過ごす。自分だけだったら絶対迷っているであろう小道を、 彼女は人ごみを微妙にかわしつつすいすいと進んでいくのだ。とてもその姿がきれいだったりする。その後ろを身長差マイナス20−15cmぐらいのちびの自分がくっついていく感じ。

この日のお目当ては安藤忠雄が昔の関所を改装して最近オープンしたらしい、Punta della Dogana. 現代美術館。サーチコレクションをちょっと静かにした感じのキュレーティング。初めてPaul MccarthyとかEdward Kienholzとか、大学時代のレクチャーの教材系に初めてお目にかかったど別にどうってことなく…

と本当はちゃんと書くつもりでしたが新たに別の友達がお母さんが病気の事態を受け緊急帰国、イギリス人の友達に喉頭がんが見つかる、共同生活仲間は未だ集中治療室回復せずということで精神的な余裕が狭くなっているので写真だけupしておきます。本当に毎日、毎日ちゃんと生きてきたい。

17 Jun 2011

emigrating

ベネチア編を書く予定でしたが…ちょっと横道にそれて。

また一人大切な友達が明日ロンドンを去ります。
昨日その彼が夏にブルキナファソに行っている間にロンドンに置いておく荷物を預けにきました。これは詩の本、これはロッククライミングの本、これはドリス=レシング の小説、これは湖水地方の地図…と色々解説付きで置いていってくれました。夏の間本に困ることは無さそう。

友達に別れを言うことほどつらいことはないです。

その友達との別れを思って見つけた詩。


For My Sister, Emigrating
Wendy Cope

You've left with me
the things you couldn't take
or bear to give away-
books, records and a biscuit-tin
that Nanna gave you.

It's old and dirty
and the lid won't fit.
Standing in a corner of my room,
quite useless, its' as touching
as a once loved toy.

Yes, sentimental now-
but if you'd stayed,
we would have quarrelled 
just the same as ever,
found excuses not to phone.

We never learn. We've grown up
struggling, frightene
that the family would drown us,
only giving in to love
when someone's dead or gone.




もう一人の共同生活の仲間は先週末から危篤状態です。こういう時は本当につらいね。

14 Jun 2011

旅の記憶 ーパリの焦りー

いつの間にか一ヶ月があっという間にどこかに行ってしまった。
5月はヨーロッパと北アメリカを飛び回っていました…のでちょっとづつ書いていこうと思います。



ヨーロッパはフランスーイタリアースロヴェニア…と行きは合計16時間の列車の旅、帰りは2時間の飛行機の旅。飛行機ってあっけないものだね、こう考えると。

パリはたったの6時間の滞在だったのですが、メトロの工事に引っかかり、
オルセー美術館の荷物検査の長蛇の列にたじたじになり(ディズニーランド並みとも言える)、ピカソ美術館に行ってみたものの閉館していて。無駄に5時間程があっという間に過ぎ、なんだかへとへとになりながら入ったマレ地区のカフェで、(外の)取っ手が壊れて閉じ込められる事態に発展。
ありがたいことに丁度扉の外に据わっていた女主人が何やかかんやら大騒ぎしながら、直してくれて出られたわけですが、この時点で一日一本だけのパリーミラノ直行TGV出発30分前!

あんなに走ったのはいつぶりか…。スロヴェニアの友達にたのまれてロンドンから買ってきたiPhone4(白いやつ)を小脇に抱えつつ(500ポンドしたので、その時点では命より大切であった…)。荷物をロッカーから取り出して、プラットホームまでダッシュして汗だらだらで飛び乗ったTGVは、「もちろん」定時に発車する訳無いんだわ。

隣に座っているイタリア人のお姉さんに本気で心配されながら、息きれ切れの10分後やっと列車の旅が始まった訳です。南下してからはずーっとローネアルプス川沿いにトリノまで、山間を走っていくきれいな列車の旅でした。向いのフランス人のおばあさんに、パリで買った生春巻きと家で作ってきた塩昆布おにぎりを食べる姿を穴があく程見つめられて、食堂車に避難したけれど。

夜の11時近くについたミラノではお馴染みの高校からの友達の家に泊まり、何をするでも無く路面電車に乗ってぶらぶらして、ご飯を作って二人で食べる…という1日。こうゆうのが一番幸せかなあ。

ベネチア編へ続く。

10 May 2011

そういえば、あったっけ。

ありましたね、結婚式。ケートさんお嫁に行っちゃった。
ケートの正式名がキャサリンであることを初めて知った私。
結婚式当日は仕事が休みにも関わらず、とてもさみしー昼間を過ごしました。
もんのすごく寂しかった…実を言うと。

というのもずっと「ロイヤルウェディング」どうでも良い、宣言をしていた私。フラットメイトがばたばたと家を出て行く音で目を覚めると、家は既にもぬけの殻。
かろうじて残っていたフラットメイトも10時30分頃に「中継始まっちゃう!」とあわてて出て行ってしまった。

取り残されて仕方なく朝ご飯食べながら、ラジオをつけると中継がちょうど始まる所。
で、オンラインテレビで(私テレビ無いんだわ)中継を見始め、
王子の禿げ具合に見入って、ケートさんの美しさと、しかし29歳にしてはかなり深い皺に見入って苦労が多いんだろうな、と思いを巡らし、
花嫁の妹かわいいなあ、と関心したところで、
ひとまずつまらなくなるわけです。

テレビ観ながら家にいることが大の苦手な私は、外に出たい症候群にかられ
自転車に乗って飛び出してみたものの…
街中人っ子一人いないではないか!!!
この時事態の重大性(?)を初めて思い知らされた私。 
みんな、家でテレビ中継観ているんだわ!!!
誰もサイクリングなんてしてないんだわ!!!

友達の家に行ってみたものの、みんなテレビに釘付け。
もう一人、かなりごりごりの共和主義を貫いていた友達は
絶対暇だろうと思って電話をかけてみた所、
なんと、なんと、
あれだけ王室の文句を垂れていた彼,
バッキンガムパレスまでバルコニーのお披露目を観に行っていましたよ。生で。

この日の夜は友達と前回のブログで書いたショーに行ったわけですが、
街で出会う人人、すれ違う人人、
本当にみんな幸せそうで、楽しげだった。
英国王室の魔法にみんなかかってしまったようです。不思議だね。
私はひたすら寂しかったけどさ…誰にも相手されないで。

私のこの日の大大ヒットはこの女の子。
ものすごい不機嫌で耳抑えっぱなし。正直なこの子は将来相当の大物になるであろう、と踏んだ私。
これぐらいの度胸で日々生きていきたいです。

2 May 2011

意味不明なパーティー


この前友達と行ってきたThe King and The Minotaurでは昔の馬屋が迷路のような展示空間に改造されていて、一角では羊を捌いて、挽いて、バーベキューしているお兄さんやら、ジャズバンドやら、踊り子さんがいたり。こうゆう所に来ると、いつも大学時代を思い出してしまう…。よくわからない、そして意味不明なことにウンチクを傾けたくなるこの雰囲気。
バーはウォッカトニックとジントニックしかないとても洒落た所で、天井から鎖でつる下げられた酒瓶からショットが出る仕組みになっていました。

今日朝テレビを付けたらオバマ大統領の演説の映像が流れていて、何だかパニック系のハリウッド映画のラストシーンを見ているようだった。(「我々は人類滅亡危機の苦しい時を乗り越え、生き延びた。これからは手と手を取り合い…」系の演説をいつもアメリカ大統領がする感じの)

ビンラディンが殺害されましたが、それを記念してパーティーをしている感覚は私には理解できない。
もちろん生きて捕まったら捕まえたでそれはもーう裁判やらセキュリティーやら政治やら、とてつもなく大変で危険で、お金がかかる訳だけど。
暗殺だからね。地球全体承認の暗殺。

 

子供用か…